心不全治療薬の要 Fantastic 4について!

 心臓血管外科医は、心臓の弁や冠動脈、心筋などを手術によって修復することで患者さんの予後やQOLの改善を目指しています。しかし、手術やカテーテル治療を行ったとしても、壊れた心臓が元通りのピカピカの心臓になるわけではありません。どちらかというと、「心臓を壊している主な原因を取り除き、これ以上壊れることを防ぐ」という意味合いが強いのです。内科的治療に関しても、「病状の進行を遅らせる」ことを目指しており、この目的を達成するためには、生活習慣を改善したり、処方された薬をきちんと内服したりといった患者さんの協力が必要不可欠です。

 今回は、慢性心不全の患者さんに対する内科的治療の要ともいえる4種類の内服薬の開発経緯や歴史をご紹介します。

 その4種類の内服薬とは、以下の通りです。

  • ACEi / ARB / ARNI
  • β blocker
  • MRA
  • SGLT2i
shingari
shingari

これら4種類の薬をMARVELのヒーローたちに因んで「Fantastic4」と呼ぶ方もいます。

それでは、ひとつずつ見ていきましょう。

ACEi / ARB / ARNI

 ACEi、ARB、ARNIはそれぞれACEi:Angiotensin converting enzyme inhibitor(ACE阻害薬)、ARB:Angiotensin Ⅱ receptor blocker(アンギオテンシンⅡ受容体阻害薬)、ARNI:Angiotensin receptor – Neprilysin inhibitor (アンギオテンシン受容体ネプリライシン受容体阻害薬)の略です。

 人体には塩分や血管収縮の程度などを調整するためのシステムがあり、その主要な役割を果たしているのがRenin-Angiotensin-Aldosterone系(通称:RAA系)というシステムです。心不全の患者さんはこのRAA系が暴走することで、体内に塩分が溜まりやすかったり、過剰に血管収縮してしまったりして、心臓に負担がかかりやすい状態になると言われています。ACEi、ARB、ARNIはいずれもこのRAA系を調整する薬です。開発経緯をみていきましょう。

1960年代後半:ACEを阻害するペプチドの発見
1973年:ネプリライシンの発見
1975年:世界初のACEiであるカプトプリルの合成に成功
1980年代-1990年代前半:慢性心不全患者に対するACEiの予後改善効果が証明
1986年:世界初のARBであるロサルタンの生成に成功
2015年:ARNI発売

 1960年代後半にJohn RVらの研究チームはアメリカハブの毒に含まれるペプチドの一種がACEの作用を選択的に阻害することを発見しました。1975年にはこのペプチドの構造をヒントに世界初のACEiであるカプトプリルの合成に成功し、1980年代から1990年代前半にかけて、複数の臨床試験(CONSENSUS、SOLVD)により、ACEiの長期使用は心不全患者の予後を著しく改善することが示されました。しかし、ACEiには空咳などの多くの副作用がありました。この副作用の問題を解決すべく、武田薬品がARBの基本骨格を持つ物質を発見しましたが、臨床試験に失敗し、このプロジェクトは一時中止を余儀なくされました。しかし、1986年にその物質を基にDuPont社が世界初のARBであるロサルタンの生成に成功しました。

 一方で、1973年にネプリライシンがウサギの腎臓から発見されました。当時、すでにANPやBNPなどのナトリウム利尿ペプチドが心保護作用を有することが知られていましたが、ネプリライシンがこれらを分解することから、心不全治療への応用が期待されました。ネプリライシンの単独阻害薬が開発されましたが、他のペプチドの分解も抑制してしまうことで心保護効果と心毒性の両方の効果を有したため有効な薬ではありませんでした。しかし、ARBと組み合わせることでその心保護効果が著しく発揮されることが示され、2015年にARNIが発売されました。PARADIGM-HF試験により、ACEiあるいはARBで効果不十分な患者に対して、予後改善効果が示され、本邦でも徐々に使用される頻度が増えてきています。

MRA

 MRAは、Mineral corticoid receptor antagonist (ミネラルコルチコイド受容体アンタゴニスト)の略です。

 RAA系の最終産物であるアルドステロンというホルモンが効果を発揮するためにくっつく場所(=受容体)にこの薬が作用することで、くっつきにくくなります。これにより、RAA系の暴走による影響を食い止めます。開発経緯をみてみましょう。

1940年代:副腎皮質ホルモンがNaやKの排泄を調整することが判明
1942年:アルドステロンの前駆物質が心肥大や腎硬化を惹起することが判明
1950年代:アルドステロン単離に成功
1960年:世界初のMRAであるスピロノラクトンが発売され、その心筋障害抑制効果が判明
1999年:ACEi併用下でのMRAの安全性が証明された

 1940年代に副腎皮質ホルモンが腎でのNaやKの排泄を調整する機能を有していることが発見されました。1950年代に副腎皮質ホルモンの一つであるアルドステロンおよびその拮抗物質が単離され、1960年に最初のアルドステロン拮抗物質の一つであるスピロノラクトンが発売されました。しかし当時、浮腫性疾患、原発性アルドステロン症、高血圧に対するK保持性利尿薬として用いられていました。そんな中、アルドステロンの心臓への影響に着目していたのが、Selye Hでした。彼は1942年にアルドステロンの前駆物質が心肥大や腎硬化を惹起することを動物実験で証明し、さらに1960年にはスピロノラクトンがアルドステロンによる心筋障害を抑制することを証明しました。一方で、すでに慢性心不全の標準治療薬としての立ち位置を確立していたACEiと併用する際に高K血症を引き起こす危険性があるとの理由で相対的併用禁忌とされていました。しかし、1999年に行われた大規模試験RALES studyで、ACEiと併用しても重篤な高K血症を引き起こすことなく、心不全患者の予後を改善するということが示され、以降、その他の大規模試験(EPHESUS,  EMPHASIS-HF)でもその効果が証明され、現在に至っています。

β blocker

 人体には、自律神経系というシステムがあり、心拍数や心収縮の強さ、血管の収縮具合などを調整しています。また、前述のRAA系も自律神経系の影響を受けています。この自律神経には交感神経と副交感神経があるのですが、交感神経の影響が副交感神経の影響を上回ると、心臓が頑張りすぎてしまい、それが心臓の負担につながります。β blockerは交感神経の影響を減らすことで、心臓が頑張りすぎることを抑える効果をもっています。こちらも開発経緯をみてみましょう。

1962年:世界初のβ blockerであるプロプラノロールが開発された
1975年:小規模研究で慢性心不全に対する有効性が示唆された
1990年代後半:ACEi併用下での有効性が証明された

 心筋酸素消費を抑制することが狭心症には有効との仮説のもと、1962年にBlack JWが世界初のβ blockerであるプロプラノロールを開発しました。しかし、β2遮断作用により気管攣縮を誘発する危険性があることから喘息患者には使用しにくいという弱点がありました。それ以降、β1選択性の高いものやα遮断作用を併せ持つもの、内因性交感神経刺激作用(ISA)の有無や膜安定化作用(MSA)の有無など様々な特徴をもつβ blockerが次々と開発され、虚血性心疾患や高血圧、不整脈において標準治療薬の立ち位置を確立しました。1975年にはWaagsteinらが慢性心不全患者7例に著効したと報告して以来、いくつかの小規模研究が行われておりましたが、1990年代後半にACEiと併用することで心不全患者の予後が改善するという大規模試験 (US carvedilol HF study, CIBIS-II, MERIT-HF)の報告が相次ぎ、現在、広く使用されるようになりました。

SGLT2i

SGLT2iは、SGLT2 inhibitor (SGLT2阻害薬)の略です。尿から糖を排出させることで、血糖値を下がるという効果があります。もともとは糖尿病の患者さんに対して使われていましたが、近年、心不全の患者さんにも有効であるという報告が増えてきており、注目されています。それでは、その開発経緯をみていきましょう。

1835年:フロリジンが精製された
1987年:動物実験で糖尿病治療薬としての可能性が示唆された
2012年:世界初のSGLT2iであるダパグリフロジンが発売

 1835年にPetersen Cらがリンゴの樹皮からフロリジンという物質を精製しました。この物質に尿糖排泄作用があることが判明したのは発見から50年後であり、さらに100年後の1987年に糖尿病治療薬としての可能性が動物実験でようやく示されたのでした。しかし、フロリジンは消化管で分解されてしまうため経口投与できないことや、SGLTの選択性がないため、SGLT1阻害による重篤な下痢を起こすことなどから当時、臨床開発の対象とはなりませんでした。しかし、その後、薬物開発技術の進歩によって、SGLT2選択性をもつ代謝安定性を高めた薬剤が開発可能となり、2012年に世界初のSGLT2iであるダパグリフロジンが発売されました。その後、2型糖尿病患者の心血管予後を研究した臨床試験(EMPA-REG OUTOME, CANVAS program, DECLARE-TIMI 58, CREDENCE)でSGLT2iの心不全予防効果が示され、DAPA-HF試験により2型糖尿病の有無に関わらず、心不全予防効果があることが示されました。

まとめ

 本記事では、普段何気なく我々が処方している薬の開発経緯について触れさせていただきました。それぞれの薬の開発、臨床応用までには多くの患者さん、研究者、薬品会社の方々の涙ぐましい努力がありました。その努力に心から敬意を表する次第です。本記事が、心不全治療の要、Fantastic4を必要とするすべての患者さん、すべての医療者の理解の一助になれば幸いです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました