心臓血管外科手術において欠かせないアイテムである人工心肺装置についてお話しいたします。
「心臓血管外科手術は人工心肺装置の理解から始まる」といっても過言ではないほどとっても大事な内容ですので、ぜひ読んでみてください。
人工心肺装置ってなに?
人工心肺装置は、その名の通り「人工の心臓」と「人工の肺」をもつ装置のことをいいます。
すなわち、
- 患者さんの静脈系から血液を抜く(脱血)
- 貯血槽に血液を貯血する (貯血)
- 血液を「人工の心臓」を介して加速させる (ポンプ)
- 「人工の肺」を介して酸素の取り込みと二酸化炭素の排出を行う(人工肺)
- 血液を患者さんの動脈系に戻す(送血)
というシステムのことを言います。
このシステムを利用することによって、患者さんの心臓や肺を介さなくても、全身の臓器に酸素を含んだ血液を送ることができます。
脱血
人工心肺装置を稼働するためには、まず血液を患者さんから抜かなければなりません。
静脈系から血液を体外へ抜くことを「脱血」といいます。
十分な血液が脱血できなければ、十分なガス交換も送血もできませんので、人工心肺装置においてはキモともいえるプロセスになります。
脱血の方法は、主に
- 右房 1本脱血
- 上大静脈(SVC)+下大静脈(IVC) 2本脱血
- 大腿静脈経由右房脱血
の3つの方法があります。
右房1本脱血
Two-stageカニューレを右心耳から下大静脈(IVC)に向けて挿入し、脱血します。
Two-stageカニューレというのは、カニューレ先端と側孔から血液を脱血できるような構造をしているカニューレのことをいいます。
これにより、カニューレ先端からは下大静脈(IVC)の血液が、側孔からは上大静脈(SVC)と冠静脈洞の血液が脱血できるようになります。
右心房を切開しないような手術では、この方法が用いられます。
上大静脈(SVC)+下大静脈(IVC) 2本脱血
SVCとIVCにそれぞれカニューレを挿入し、脱血します。
心腔内にアプローチするような手術では、この方法が用いられます。
大腿静脈経由右房脱血
大腿静脈から右房に向けて長いカニューレを挿入し、脱血します。
開胸前に人工心肺装置を稼働させなければならない場合や右房からIVCに向けて脱血カニューレを挿入できない場合では、この方法が用いられます。
貯血槽 (リザーバー)
脱血した血液は、一度、貯血槽(リザーバー)内で貯血されます。この貯血量を調整することで、手術中の循環血液量をコントロールします。
また、心腔内や心嚢内の血液には、血栓や組織片、気泡が含まれており、これらをフィルターにより除去することも同時に行われています。
ポンプ
脱血し、貯血槽に貯められた血液は、ポンプで加速されます。
人工心肺装置のポンプには、ローラーポンプと言われるものと遠心ポンプと言われるものがあります。
ローラーポンプは、血液が通るチューブをローラーがしごくことで血液を送り出すタイプのポンプです。
一方、遠心ポンプは、高速回転した回転体で血液に遠心力を加えて送り出すタイプのポンプです。
それぞれのポンプには、長所と短所がありますが、
- 血液の破壊が少ないこと
- 脱血に過度の陰圧が生じないため、気泡の発生が少ないこと
- 回路の破裂・破損が起きにくいこと
などから、主として遠心ポンプが使用されることが多くなってきています。
人工肺
ポンプで加速された血液は人工肺へ送られ、「ガス交換」が行われます。
ガス交換とは、酸素を加え、二酸化炭素を除することを言います。
この人工肺は、直径0.1mmほどのストローが数千本束ねられたような構造をしており、ストローの外側を血液が、内側を酸素が流れるようになっています。
ストロー自体は、膜で作られており、その膜には多数の微細な孔が空いています。この孔を通って、酸素がストローの外(血液内)に移動し、二酸化炭素がストロー内(血液外)に移動するのです。
送血
ポンプで加速され、人工肺で酸素を取り込み、二酸化炭素を排出し終えた血液はいよいよ患者さんの動脈系に送られます。このことを「送血」といいます。
送血の方法は、主に
- 上行大動脈送血
- 腋窩動脈送血
- 大腿動脈送血
- 心尖部送血
の4つの方法があります。
上行大動脈送血
心臓手術においては、ほとんどの場合、この送血方法が選択されます。
上行大動脈にカニューレを挿入し、そこから送血します。
しかし、上行大動脈の石灰化高度であったり、粥腫がべっちゃりくっついている場合には、それらが脳動脈に飛散し、脳梗塞が生じるリスクがあるので、別の送血方法が選択されます。
腋窩動脈送血
主に大血管手術において、この送血方法が選択されます。
左右どちらか、または両方の鎖骨の下を切開して、腋窩動脈を露出して、人工血管を吻合して、そこから送血します。
弓部大動脈置換術や急性大動脈解離手術、上行大動脈壁の性状が不良な場合などでこの送血方法が行われることが多いです。
大腿動脈送血
主に大血管手術や低侵襲心臓手術(MICS)において、この送血方法が選択されます。
左右どちらかの鼠径部を切開して、大腿動脈を露出して、そこから送血します。
経心尖部上行大動脈送血
主に急性大動脈解離によって末梢血管(両腋窩動脈、両大腿動脈)が解離し、送血路がない場合に選択されます。
心尖部を1cm程度切開し、送血カニューレを経食道エコーで確認しながら、上行大動脈に向けて挿入し、そこから送血します。
左室ベント
さて、唐突ですが、ここで問題です。
心停止下でSVC、IVC、右房から大量の血液を脱血すると、心臓内は空っぽになる 〇? or ×?
実は、答えは×なのです。
SVC、IVC、冠静脈洞からの血液を脱血すれば確かに右心系に関しては空っぽになります。
そして、〇と答えた方には、「右心室から肺動脈→肺→肺静脈→左心房に血液が流れていくわけだから、左心系も空っぽになる」と思われた方が多いのではないでしょうか。
実は、左心房へ帰ってくる血液は右心室から流れてくる血液だけではないのです。
ここでキーワードとなるのが、「気管支循環系」です。
大動脈や肋間動脈 →気管支動脈 →肺胞などの肺組織を灌流 →気管支静脈 →肺静脈 →左心房
上記の流れで左心房へ血液が帰ってくるのです。
さらに、左心房から左心室へ流れた血液は大動脈弁を通って大動脈へ流れていこうとするのですが、心停止下であるため、自力で左心室から血液を駆出できない上に、大動脈側は人工心肺装置から送血されて高圧になっているため、大動脈弁は閉じた状態となります。
つまり、左心系へ血液が入ってくるが、出せない状況になり、空っぽどころか、パンパンに張ってきてしまうのです。
ですので、左心系の血液を脱血する必要があります。
その左心系専用の脱血のことを「左室ベント」といいます。
多くの場合、右上肺静脈から左心室に向けてカニューレを挿入し、ローラーポンプで脱血します。
その血液は、貯血槽へ貯血され、遠心ポンプ→人工肺→送血されます。
ポンプサッカー
心臓や大血管は内部に大量の血液を有しています。これらを切開したりするわけですから、術野には血液がたくさん出てきます。
これらをすべて吸引して捨てていてはいくら輸血があっても足りません。
どうすればよいのでしょうか。
人工心肺装置稼働中に術野に出た血液をローラーポンプで吸って、貯血槽へ送ればいいのです。
貯血槽にはフィルターがありますから、そこで血栓や組織片、気泡が除かれます。
そして、遠心ポンプ→人工肺→送血してしまえば、血液を捨てずに温存することができます。
この術野に出た血液を吸う吸引管のことを「ポンプサッカー」といいます。
こんなに血液を操作して固まらないの?
ここまで、人工心肺装置のプロセスについてお話しさせていただきました。
吸ったり、送ったり、貯血槽で貯めたりと、血液に対していろいろと操作していましたよね。
そもそもカニューレや回路という人工物の中を血液が通るわけですし、こんなことをして果たして血液は固まってしまわないのでしょうか。
この問題を解決するために、「未分画ヘパリン」という薬剤を投与しているのです。
未分画ヘパリンによる抗凝固
未分画ヘパリンは、抗凝固薬(血液を固まりにくくする薬)の一つです。
人間は、元来、「アンチトロンビンⅢ」という血液をサラサラにする物質をもっています。
未分画ヘパリンはこの作用を強化し、血液を固まらないようにしてくれるのです。
ただし、投与量はかなり多めです。
回路内に血栓ができるとポンプが突然、止まってしまったり、全身に血栓を送り込んだりと、命に関わる大事故につながってしまうので、一般的に病棟などで用いられている投与量とは段違いに大量に投与します。
具体的にいいますと、初回は300単位/kg投与し、ACT(血液のサラサラ程度の指標) 400~600秒を維持するように追加投与していきます。
これにより、回路内や貯血槽で血栓ができなくなるだけでなく、体内で血液の滞留や乱流があっても血栓ができなくなるのです。
まとめ
★脱血、送血部位は手術によって異なる
★脱血管、左室ベント、ポンプサッカーで吸った血液は貯血槽で貯血
★遠心ポンプで血液を加速させ、人工肺でガス交換する
★未分画ヘパリンの調整が極めて大事
References
- 國原 孝 「ハートチームのための心臓血管外科手術 周術期管理のすべて」 Medical View, 2017
- 上田 裕一 「最新人工心肺 -理論と実際-」 名古屋大学出版会, 1999
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