ICUにはどのような患者さんがいるのか?
ICUはIntensive Care Unitの略で、その名の通り、集中的なケアが必要な病床のことをいいます。
では、一体、ICUにはどのような患者さんがいるのでしょうか。
一言でいいますと、A、B、C、Dの異常がすでにある、もしくは近々起こる可能性が高い患者さんがICUに入室することが多いです。
A、B、C、Dとは、救急領域でもよく用いられており、
- Airway(気道)
- Breathing(呼吸)
- Circulation(循環)
- Dysfunction of CNS(中枢神経系)
の頭文字をとったものです。
ですので、来院時からすでにA、B、C、Dの異常があるような重篤な状態である患者さんや、手術や処置などによりA、B、C、Dの異常が起こるかもしれない患者さんなど、様々な患者さんがいらっしゃいます。
どのようにICUの患者を評価していくか?
集中治療室(ICU)に入室した術後の患者さんを診る際にどの項目をどのように評価していけばよいのでしょうか?
医学部の教育では、まずPOMR(Problem-Oriented Medical Record)について教わります。医師になってからも、それに則した評価を行っていくのが一般的です。
POMRとは、Weed先生が考案し、日野原先生が本邦に普及させたカルテの記載方法です。
- 患者さんから情報を収集
- 問題点(Problem list)を抽出
- それぞれの問題点に対して診断的、治療的、教育的な計画を立案
- 以下に沿って、カルテを記載する
- 患者さんの話を聞く(Subjective data)
- 身体診察や検査の評価を行う(Objective data)
- 考察する(Assessment)
- 計画を立てる(Plan)
といった流れになっています。
この方法のコンセプトはすばらしく、現在もカルテ記載の基本として使われ続けています。
一方で、ICUに入室した患者さんにおいては、多臓器にわたって問題をきたしていることが多く、問題点ごとに整理していくと、まとまりがない記載になってしまったり、振り返った時に経過を追いにくくなったりすることがあります。
ですので、ICUの患者さんにおいては、
- 呼吸
- 循環
- 腎臓
- 神経
- 消化器
- 内分泌
- 血液
- 感染
- その他
のように、臓器ごとに整理して観察・考察していくのがいいのではないかと考えています。
それぞれの臓器に対して、検査・治療・教育を選択・評価・予測していく感じです。
例) 【循環】 術後2日目の患者さんの肺うっ血がやや強くなったきたため、心臓エコーを行ったところ(検査の選択)、IVCの呼吸性変動の消失とLVDdの拡大を認めた(検査の評価)。 Refillingに伴う肺うっ血の増悪と思われ、まだ術前体重+5kg程度ということもあり、本日中にもさらなる呼吸状態の悪化が予想される(検査の予測)。 ゆえに利尿薬の投与と呼吸デバイスの使用を検討する。(治療の選択)
これによって、見落としが防げたり、臓器-臓器間の関係性が分かりやすくなったり、自分が何が分かっていないかをより具体化できると考えてます。
診療に必要な情報をどのように調べればよいのか?
Evidenve Based Medicine (EBM)という言葉をご存じでしょうか。
日本語に訳すと「根拠に基づく医療」となります。
この言葉は、1990年代になってから出現し、以降、現代医療において大変重要な行動指針となっており、「患者さんに対する臨床判断において、現在利用可能な最新最良の情報を用いること」をいいます。2018年頃からは看護やリハビリといった多職種においてもEvidenceが必要であると認識されるようになり、現在は包括してEvidence Based Practice(EBP)と表現されるようになりました。
EBPを行っていくためのプロセスとして、以下の5ステップが提唱されています。
- 問題の定式化
- 情報検索
- 得られた情報の批判的吟味
- 批判的吟味した情報の患者への適用
- 上記1〜4の評価
EBPを行うには、患者さんをしっかりと観察した上で、なにが問題なのかをより具体化し、調べ、吟味し、患者さんへ応用していくというプロセスを常に振り返りながら行っていくことが大事であると言えます。
ではそれぞれのプロセスについて詳しくみていきましょう。
1.問題の定式化
EBPの最初のステップになります。
ある意味、一番重要なステップと言っても過言ではありません。
なぜなら、なにが問題なのかを具体化しなければ、何も始まらないからです。
サッカー初心者が「サッカーが上手くなりたい」と漠然と思っていても、なかなかサッカーは上手くなりません。
シュートの威力を上げたいのか…
コントロールをよくしたいのか…
変化球を蹴りたいのか…
より課題を具体化しなければ、なにを練習すればよいのか分からなくなってしまいます。
とは言いましても、研修医や学生さんの中には、上級医が行っている「普段通りの診療」がいかにも正解であるかのように思えてきてしまう方もいるのではないでしょうか。また、「自分が何が分かっていないのかが分からない」ような状況になってしまうこともあるのではないでしょうか。
このような状況に陥ってしまっている方には、前述のように「それぞれの臓器に対して、検査・治療・教育を選択・評価・予測する」習慣をつけることをオススメいたします。この習慣があれば、少なくとも「何が分からないのかが分からない」という状況は避けられるでしょう。
2-3.情報検索+批判的吟味
問題を具体化しましたら、次に情報検索を行います。
「情報」と言いましても、巷に溢れている玉石混交な情報を無邪気にそのまま採用することは大変危険です。
我々、医療者は患者さんの大切な命を預かる身ですので、常に最新最良の情報を検索する必要があります。
「情報」は、一次情報と二次情報の2種類があります。
一次情報とは、個々の研究を報告した論文、すなわち原著論文のことを言います。
二次情報とは、一次情報を専門家が批判的に吟味し、まとめたものを言います。具体的には、レビュー論文やガイドライン、UpToDate®、各分野における成書、参考書などのことを言います。
一次論文の検索
一次論文の検索方法には様々な方法がありますが、一般的にはPubMedを用いて検索します。
PubMedというのは、アメリカ合衆国のNational Center for Biotechnology Information (NCBI)という機関が運営している医学領域に特化したデータベースであり、ピアレビュー論文(=査読の付いた論文)を無料で検索することができます。
キーワードを打ち込んで検索すると、出版年の新しい論文から順に表示されます。
また、出版日や研究タイプ(Randomized Controlled TrialやMetaanalysisなど)など、好みのフィルターをかけることで、目的にあった論文を絞り込むことができます。
二次論文
一次論文をひたすら読み漁り、各々の論文について批判的な吟味をしていくのが本来は理想の姿です。
しかし、初学者にとっては、この手法は少々、ハードルが高い印象を受けます。
その理由としては、
- 英語ベースであることが多く、英語が苦手な人にとってはなかなか骨が折れる作業であること
- 批判的吟味のためには、統計学的な知識が必要であることはもちろん、Material & Methodの質やDisucussionの論理性を評価する「論文を読む目」が必要であること
- 「従来の治療」を知っていることが前提で話が始まってしまっていること
などが挙げられます。
ですので、私は、初学者の方はまず二次論文を読むことをオススメいたします。
良質な二次論文を読むことで、現在の治療法の潮流はどういった感じなのかが分かるだけでなく、なぜ二次論文の著者はこの論文を引用したのか、その論文に対してどのような評価を行っているのかを知ることで「論文を読む目」も養えるからです。
そして、個人的ではありますが、二次論文としては、年3回という高頻度で更新している点でUpToDate®がオススメです。有料ではありますが、病院で購入しているところも多いのではないでしょうか。私の勤務している病院でもUpToDate Anywhereのライセンス契約をしてくれているので、自宅や通勤時にも気軽に調べることができ、毎日、大変助かっています。
また、海外のガイドラインはもちろん、国内のガイドラインも国内の医師の多くが参考にしているという点で、本邦での治療法の主流を把握できるので定期的にチェックすべきだと思います。心臓血管外科・循環器領域ですと、日本循環器学会が無料でガイドラインを掲載しております。
成書や参考書に関しては、UpToDateやガイドラインと比較すると更新頻度も頻回ではないため、「最新最良」といえるかというと疑問が残りますが、非常に分かりやすく疾患や治療のコンセプトを説明していることが多いです。なので、初めて学ぶ分野や理解がなかなか進まない分野を学習する際に、学習意欲の着火剤として使用するとよいでしょう。また、外科手技に関しては、なかなかすべての手技がEvidenceとして確立しているわけではなく、Experienceに頼らざるを得ない部分も多数あるため、テクニックや考え方が学べる成書や参考書は大変貴重な資料と言えます。
患者への適用
このプロセスは大切な患者さんの容体に直結するため、慎重に行っていく必要があります。
ですので、このプロセスに入る前に、以下は必ず確認すべきです。
- 患者さんの価値観・考え
- 自身の治療経験と照らし合わせても違和感がないかどうか
- 治療の副作用・合併症
- 二次論文で得た情報の場合は、記載の引用文献の吟味をしたかどうか
すべてを確認して、ようやく患者さんに適用していきます。
すべてのプロセスの振り返り
このプロセスは、いわゆるPDCAサイクル(Plan/Do/Check/Action)にも通ずるものになります。
つまり、
- 課題の抽出が適切であったか
- 最新最良の情報を収集できたか
- 適切に情報の吟味ができていたか
- 実際に治療を適用して、どのような効果が生まれたか
といった振り返りを行うことで、EBMの質がさらに高めていくことができます。
まとめ
今回は、ICUの患者さんをどのように診療していけばよいのかの大まかな流れをご説明させていただきました。普段の忙しい業務に追われる中で、Evidence Based Practiceを行うことは、言うは易く行うは難しです。特に、ある程度の臨床経験を積むと、いつの間にか「慣れ」が生じてしまい、自分が行っている「普段の診療」に疑問を持たなくなり、振り返って再考することもしなくなったりします。
私も日々、反省するばかりですが、1つ1つの診療を丁寧に丁寧に行っていくように心がけていきたいと思います。目の前の患者さんに最高最善の医療を提供できるようにともに頑張っていきましょう。
References
- Weed L L et al. “Medical Records, Medical Education, and Patient Care : the Problem oriented Record as a Basic Tool”. Case Western Reserve University, Cleveland. 1969
- 日野原重明. “POS―医療と医学教育の革新のための新しいシステム”. 医学書院. 1973
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