心臓外科手術に限らず、手術や感染などストレス侵襲を受けた患者さんの中に時折、譫妄となる患者さんがいらっしゃいます。
譫妄が生じると、患者さんが苦痛を感じるだけでなく、ICU入室期間や入院期間が延長したり、死亡リスクが高まったり、長期的にみて認知機能が低下したりと様々なデメリットがあります。
今回は譫妄について勉強していきたいと思います。
譫妄とは?
かつて譫妄は「不穏」な状態を漠然と指したものでしたが、1983年にLipowskiらによって「急性に生じる注意障害を主体とした精神神経症状の総称」として整理され、現在は、アメリカ精神医学会が出版する精神障害の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)で「身体疾患や中毒によって惹起される、急性で日内変動のある、意識障害および認知機能障害」と定義されています。
譫妄には、主体とする症状から以下の3つのタイプに分類されています。
- 活動型譫妄:興奮や幻覚、妄想などが主体
- 低活動型譫妄:傾眠、無気力、無関心などが主体
- 混合型譫妄:活動型と低活動型の症状を行き来する
活動型譫妄は、症状が目立つため、譫妄として認識されてやすいのに対し、低活動型譫妄は、3つのタイプで最も頻度が高いのにも関わらず、症状が目立たず、うつ病と誤診されたりと、見逃されることが多いと言われています。
この事態を解決するべく、譫妄の早期発見のために開発されたのがCAM-ICUというスクリーニングシステムです。
このスクリーニングを定期的に(e.g. 12時間おき)に行うことが推奨されています。
譫妄のリスク因子
ではどのような患者さんが譫妄を発症するのでしょうか。
譫妄を発症しやすい背景は、主に以下の3種類に分類できます。
- 準備因子:入院前から持っている脳の脆弱性
- 促進因子:主に睡眠覚醒リズムが障害されることで譫妄を発症しやすくする要因
- 直接因子:単独でも譫妄を発症しうる直接的な要因
譫妄の予防
心臓外科手術後や急性大動脈解離の保存加療中の患者が譫妄を起こすことは珍しいことではありません。しかし、前述の通り譫妄は、ICU入室期間の延長、死亡リスクの上昇、長期的な認知機能低下、患者さんの苦痛など様々な悪影響を及ぼしますので、可能な限りの予防策をとることは大変重要なことです。
予防策としては、現時点では以下の方法が挙げられます。
- 譫妄のリスク因子を減らす
- 譫妄の予防薬を使用する
譫妄のリスク因子を減らす
譫妄のリスク因子となりえる環境要因を調整することで譫妄の発症を予防するという方法です。薬剤を用いないため、非薬理学的介入と表現される場合もあります。現時点では、譫妄予防において最も効果的な方法と言われています。
具体的には、
- 見当識を保ちやすいように工夫する
- 時計やカレンダーを患者さんの近くに設置する
- 窓から病院外の景色が見えるようにする
- 日中に認知刺激を加える
- 日中に患者さんの家族や友人と面会する
- 夜間に休息をとれるように工夫する
- できる限り夜間には処置を避ける
- 機器の音量を下げる
- 耳栓やアイマスクを着用する
- 早期離床を促し、行動制限を最小限にする
- 譫妄を起こしうる薬剤を避ける
- ベンゾジアゼピン系など
- 適切なvolume管理
- 適切な呼吸管理
- 感染コントロール
- 適切な鎮痛管理
といった方策が挙げられます。
譫妄の予防薬を使用する
譫妄予防の主体は、非薬理学的介入であることは間違いありません。一方で、近年、譫妄の予防効果を示す薬剤に関する報告も徐々に増えてきており、さらなるエビデンスの集積が期待されています。
現時点で譫妄の予防効果が期待されている薬剤として、デクスメデトミジンとスボレキサントがあります。
デクスメデトミジン
デクスメデトミジンは、橋の青斑核や脊髄などの中枢神経に広く分布しているα2A受容体に作用することで鎮静効果と弱い鎮痛効果を発揮します。
近年、呼吸抑制を起こしにくいことや、譫妄予防効果の報告があることなどから、ICUでの使用頻度が増加してきている鎮静薬です。
投与例) デクスメデトミジン静注液 200μg/50mlシリンジ® 0.2~0.7μg/kg/hの範囲で適宜調整
スボレキサント
スボレキサント(ベルソムラ®)は、オレキシン受容体拮抗薬と言われるタイプの睡眠薬です。オレキシンというのは、視床下部から小脳以外の脳内に広く投射し、覚醒を制御している物質で、その受容体を拮抗することで覚醒を抑制し、鎮静効果を発揮します。
ただし、簡易懸濁にて投与した際の薬物動態、有効性、安全性が検討されておらず、承認外用法となってしまうため、経口摂取が困難な患者には使用しづらいという欠点があります。近年は、同機序薬としてレンボレキサント(デエビゴ®)が本邦でも発売され、そちらは崩壊・懸濁時の安定性データを有しており、簡易懸濁が可能と考えられているため、ICUでの使用頻度も増えてくるかもしれません。エビデンスのさらなる集積が期待されます。」
投与例) ・ベルソムラ® 20mg 1日1回 眠前 (※高齢者の場合にはベルソムラ® 15mg 1日1回 眠前) ・デエビゴ® 5mg 1日1回 眠前
譫妄の治療
では実際に譫妄が起こってしまった場合には、どのような治療を行えばよいのでしょうか。
譫妄の治療方法としては、主に以下の2つが挙げられます。
- せん妄の直接因子を減らすことができるかどうかを再考する
- 抗精神病薬を投与する
1に関しては、予防の部分において前述いたしましたので、2に関して詳しく説明させていただきます。
抗精神病薬を投与する
譫妄の治療としてよく使用される抗精神病薬には、定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬があります。
定型抗精神病薬
定型抗精神病薬は、1950年頃から開発された第1世代の抗精神病薬のことをいいます。ドパミン(D2)レセプターを遮断することにより精神病症状を緩和します。現在でも譫妄に対してよく用いられるものとしては、1958年に開発されたハロペリドール(セレネース®)があります。歴史が古く、静注、筋注、内服など薬型も豊富であるため、内服が困難な患者に対しても投与することが可能です。しかし、D2レセプターを遮断するため、錐体外路症状(ジストニア、アカシジアなど)や高プロラクチン血症などが副作用として出現したり、陰性症状に対しては無効であったりといった欠点があります。
投与例) セレネース® 5mg(1ml) 1日1-2回 静注もしくは筋注
非定型抗精神病薬
非定型抗精神病薬は、1958年頃から開発された第2世代の抗精神病薬のことをいいます。D2レセプターだけでなく、セロトニン(5-HT2A)レセプターなどを遮断するため、D2レセプター遮断による副作用が緩和され、陰性症状にも有効であるという特徴があります。
現在、譫妄に対してよく用いられるものとしては、1984年に開発されたリスペリドン(リスパダール®)や、1985年に開発されたクエチアピン(セロクエル®)があります。
いずれの薬剤も、譫妄に対する投与の場合には、内服での投与となります。
また、クエチアピンに関しては、本邦で発売後、糖尿病性昏睡による死亡例報告があったため、糖尿病患者に対する投与は禁忌となっています。
投与例) ・リスパダール内用液®1mg/ml 1回1ml 1日2回まで ・セロクエル®25mg錠 1回1錠 1日2回まで
まとめ
譫妄は患者に悪影響を与えるだけでなく、医療スタッフも疲弊させます。心臓手術後は譫妄の発症リスクが高まりやすく、非薬理学的介入や薬理学的介入を行っても完全に防ぐことができない場合があります。しかし、そのような事実があっても、諦めずに譫妄のリスク因子を丁寧に把握することが重要です。リスク因子が少ないはずなのに譫妄を発症した場合、新たな重大なリスク因子が出現したことを示唆している可能性があります。このようなわずかな違和感が、異常の早期発見につながるのです。
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