鎮痛・鎮静について

心臓血管外科手術後の患者は、一般的には気管挿管した状態でICUに帰室します。

ほとんどの場合は手術の際にかけた麻酔が切れた頃には全身状態も安定化しており、術後数時間で抜管することができます。

しかし、重症例の場合には術後の呼吸や循環、意識レベルが不安定となり、スムーズに抜管ができないことがあります。

また、術前からすでに全身状態が悪く、救急外来で挿管され、人工呼吸器が装着されていることもあります。

これら重症例においては、全身状態が安定するまで人工呼吸器管理を継続していく必要がありますが、安全な人工呼吸器管理を行なっていくためには、適切な鎮痛・鎮静を行っていく必要があります。

また、抜管はできたものの呼吸がまだ不安定なため、NIPPVなどの呼吸サポートデバイスの装着を要することもあります。しかし、患者さんの不快感が強く、なかなか装着ができない場合があり、この際にも適切な鎮痛・鎮静を行っていくことで患者さんの協力が得られやすくなります。

今回は、鎮痛と鎮静についてまとめていこうと思います。また、具体的な薬剤については、当院で周術期によく用いられる薬剤を挙げていきたいと思います。

鎮痛・鎮静の原則

まず鎮痛・鎮静を行う上で以下の4つが大切です。

  • 鎮痛優先の鎮静とすること
  • 鎮静薬の使用を必要最小限にすること
  • 可能なら浅鎮静+毎日鎮静中止すること
  • 非ベンゾジアゼピン系鎮静薬を優先的に使用すること

鎮痛優先の鎮静

鎮痛を優先させることは、患者さんの苦痛を軽減する点において大変重要です。それだけでなく、鎮静薬の必要量を減らすことにも繋がります。これにより、鎮静薬による副作用の発現を抑えられる可能性があります。

鎮静薬の使用を必要最小限に

鎮静薬を必要最小限にすることで、鎮静薬の副作用発現を減り、患者さんの疼痛や意識状態を観察しやすくなります。

可能なら浅鎮静+毎日鎮静中止

浅鎮静にすることや鎮静薬を毎日中止することで、鎮痛の加減や意識状態の確認ができ、さらに離床を促すことができます。

非ベンゾジアゼピン系鎮静薬を優先的に使用

ベンゾジアゼピン系の鎮静薬(ミダゾラムなど)は、筋弛緩作用や逆行性健忘などの副作用があり、さらにせん妄のリスク因子とも言われています。ゆえに非ベンゾジアゼピン系の鎮静薬(プロポフォールやデクスメデトミジン)を優先的に使用することが推奨されています。

鎮痛

鎮痛を行う際には、まず疼痛の程度を評価する必要があります。よく用いられる指標としては、Numeric Rating Scale (NRS)やBehavioral Pain Scale(BPS)があります。

NRSは、疼痛を0~10の11段階で患者に口頭で答えてもらう方法で、>3で介入を行います。しかし、評価方法が使用できるのは発語により意思表示ができる患者に限られます。

BPSは、表情、上肢、呼吸器との同調性の3項目をそれぞれスコアリングし、合計スコア>5で介入を行います。

Behavioral Pain Scale (BPS)

ここで当院で周術期によく用いられる鎮痛薬を紹介します。

  • アセトアミノフェン
  • NSAIDs
  • 麻薬拮抗性鎮痛薬
  • 麻薬性鎮痛薬

大きく分けて上記の4種類があります。

アセトアミノフェン

アセトアミノフェンは、日常診療でも最もよく用いられる鎮痛薬です。

主な商品名

内服薬:カロナール®︎

静注薬:アセリオ®︎

作用機序

セロトニンを介した下行疼痛抑制系を賦活化することで鎮痛効果を呈すると言われています。下行抑制系というのは、脳から脊髄へ神経線維が下行し、疼痛を抑制するシステムのことです。

特徴

・効果発現時間は、アセリオ®︎が15分、カロナール®︎が30〜60分

・半減期は、2〜4時間

・NSAIDsと異なり、抗炎症効果はない

主な副作用

・肝障害

4g/日を慢性的に投与すると一過性の肝逸脱酵素上昇が生じ、大量投与(≧150mg/kg/日)すると急性アセトアミノフェン中毒となり重篤な肝障害が生じることがあります。

用法・用量

1回量として最大1000mg/回(体重≦50kgの患者は最大15mg/kg/回)を4-6時間おき

1日量として最大4g/日(体重≦50kgの患者は最大60mg/kg/日)まで

NSAIDs

NSAIDsというのは、Non-Steroidal Anti Inflammatory Drugs (非ステロイド性消炎鎮痛薬)の略です。こちらもアセトアミノフェンと並んで日常診療で最もよく用いられる鎮痛薬です。

主な商品名(一般名)

内服薬:ロキソニン®︎ (ロキソプロフェン)

静注薬:ロピオン®︎ (フルルビプロフェン)

作用機序

生体内では、細胞膜から遊離したアラキドン酸がアラキドン酸カスケードという代謝経路を介して炎症物質、抗炎症物質、血小板凝集に関わる物質など様々な生理活性物質に代謝されます。

NSAIDsは、シクロオキシゲナーゼ (COX)というアラキドン酸カスケード内の酵素の一つを阻害することで炎症物質への代謝を減らし、抗炎症効果および鎮痛効果を発揮します。

特徴

・効果発現時間は、ロピオン®︎が7分、ロキソニン®︎が30分

・半減期は、ロピオン®︎が5.8時間、ロキソニン®︎が1.25時間

副作用

・胃潰瘍

・腎障害

・血小板機能低下

・アスピリン喘息

用法・用量

当院でよく用いられるロキソニン®︎とロピオン®︎の用量を記載します。

・ロキソニン®︎

頓用だと1回60-120mg、定期だと180mg 分3

・ロピオン®︎

1回50mgを≧1分かけてゆっくり投与、必要に応じて反復投与

麻薬拮抗性鎮痛薬

麻薬拮抗性鎮痛薬は、周術期において比較的よく用いられる鎮痛薬です。麻薬ほどではありませんが依存性があるため、適正使用が必須な薬剤になります。向精神薬に分類されており、「麻薬及び向精神薬取締法」による規制を受けています。

主な商品名(一般名)

静注薬:ソセゴン®(ペンタゾシン)、レペタン®(ブプレノルフィン)

作用機序

中枢神経や末梢神経に存在するオピオイドμ受容体に結合することで、下行疼痛抑制系が賦活化し、鎮痛作用が発現します。

オピオイドμ受容体に対しては部分アゴニストとして作用します。部分アゴニストとは、後述する麻薬性鎮痛薬のような完全アゴニストと比較して、やや弱い(=部分的な)活性を示す物質のことをいいます。単独で用いた場合は鎮痛効果がありますが、完全アゴニストと併用して用いると拮抗してしまい、結果、完全アゴニストの鎮痛効果を減弱してしまうことになります。これが、麻薬拮抗性鎮痛薬と言われる所以です。

特徴

・効果発現時間は、ソセゴン®が15〜30分、レペタン®が30分

・半減期は、ソセゴン®が2〜3時間、レペタン®が5〜6時間

・麻薬と異なり、鎮痛効果が得られる極量(天井効果)が存在する

副作用

・悪心

・嘔吐

・呼吸抑制

・ソセゴン®は血圧上昇、頻脈がみられ、レペタン®は血圧低下がみられる

用法・用量

・ソセゴン®

1回15mg 3-4時間空けて再投与可。

当院では生理食塩水50-100mlに希釈して投与しています。

・レペタン®

1回0.2mg 6-8時間空けて再投可。

当院では生理食塩水50-100mlに希釈して投与しています。

麻薬性鎮痛薬

麻薬性鎮痛薬は、周術期管理、人工呼吸器管理などの際によく用いられる鎮痛薬です。

不適切に使用すると強い依存性をもつため、「麻薬および向精神薬取締法」による厳格な規制を受けています。処方するためには麻薬施用者免許が必要となります。

作用機序

オピオイドμ受容体に完全アゴニストとして結合し、下行疼痛抑制系が賦活化し、鎮痛作用が発現します。

主な商品名

静注薬:フェンタニル®

特徴

・作用発現時間は1-2分、持続時間は30-60分

・モルヒネなどの他のオピオイドと比較して、即効性があり、半減期が短いため、調節性がよい

・血管拡張作用や腸蠕動抑制効果が少ない

・麻薬拮抗性鎮痛薬と異なり、天井効果はない

副作用

・呼吸抑制

・腸蠕動抑制

・嘔気、嘔吐

・呼吸筋の筋強直(≧0.1-0.2mgの大量急速静注した場合)

用法・用量

フェンタニルを生理食塩水で500μg/50mlに希釈し、0.04ml/kg/h(=0.4-0.6μg/kg/h)から開始。疼痛に応じて適宜調整。

鎮静

前述の通り、鎮静は必要最低限とするのが基本ですが、患者の全身状態が極めて不安定である場合には、全身の酸素需要を減らし、循環を安定させるためにあえて深い鎮静をかけることがあります。

Richmond Agitation Sedation Scale (RASS)

ICUにて鎮静をかける場合、患者の全身状態を見た上で、鎮静深度の目安を決めておく必要があります。

その際に、Richmond Agitation Sedation Scale (RASS)が指標としてよく用いられます。

Richmond Agitation Sedation Scale (RASS)

RASS 0~-2を浅鎮静といい、RASS -3~-5を深鎮静といいます。

ICUにおいては、

浅鎮静 →デクスメデトミジン

深鎮静 →プロポフォール、ミダゾラム

のように使い分けていることが多いです。

デクスメデトミジン

ICUにて浅い鎮静管理を行う際によく用いられ、近年、集中治療分野で使用頻度が増えてきている鎮静薬です。

主な商品名

プレセデックス®

作用機序

橋にある青斑核と脊髄後角に分布するα2A受容体に選択的に作用してノルアドレナリン放出を抑制し、鎮静作用とともに弱い鎮痛作用を発揮します。

特徴

・作用発現時間は15分、持続時間は2時間

・呼吸抑制が少ない

・せん妄予防効果もあるという報告もあり

・薬価がやや高い

副作用

・徐脈

・血圧低下

用法・用量

当院では200μg/50mlのシリンジが採用されています。

0.05-0.175ml/kg/h(=0.2-0.7μg/kg/h)の範囲で維持量を適宜調整。

プロポフォール

ICUにて深い鎮静管理を行う際によく用いられます。

作用機序

中枢神経にあるGABAA受容体を賦活化し、NMDA受容体を抑制することで鎮静効果を発揮すると言われています。

特徴

・作用発現時間は≦1分、持続時間は10-20分

・大豆油で作られているため、1.1kcal/mlのカロリーがある

・悪心、嘔吐が少ない

・ミダゾラムと比較してContext sensitive half-time (CSHT)が短いため、長時間投与しても、離脱が速やか

shingari
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Context sensitive half-time (CSHT)というのは、ある薬剤を一定速度で持続投与した後に、中止した場合に血中濃度が50%まで低下するのに要する時間のことです。

副作用

・血圧低下

・呼吸抑制

・プロポフォール症候群

用法・用量

原液のまま使用。0.03-0.3ml/kg/h(=0.3-3mg/kg/h)の範囲で適宜調整。

ミダゾラム

ICUにて循環が不安定な患者において深い鎮静管理を行う際によく用いられます。

作用機序

中枢神経のシナプス後神経細胞のGABAA受容体にあるベンゾジアゼピン結合部位に結合することで、GABAA受容体の開口頻度が増加し、シナプス後神経細胞内にClが流入することでシナプス後神経細胞の脱分極が抑制され、鎮静効果が発揮されます。

特徴

・作用発現時間は、2-5分、持続時間は1-3時間

・プロポフォールに比べ血圧低下しにくい

・プロポフォールと比較してContext sensitive half-timeが長いため、長時間投与で作用が遷延する

・薬価が安い

副作用

・呼吸抑制

・筋弛緩

・逆行性健忘

・せん妄

・ベンゾジアゼピン離脱症候群(不安、不穏、発熱、頻脈、幻覚、痙攣など)

用法・用量

生理食塩水にて50mg/50mlに希釈。0.03-0.18ml/kg/h(=0.03-0.18mg/kg/h)の範囲で適宜調整。

まとめ

不快感の感じ方や鎮痛薬や鎮静薬の効き方は個人差が大きく、患者によって大きく異なります。また、患者は疼痛などの身体的な不快に加え、先行きの不確実性などによる不安も感じています。患者が何を不快に感じているのか、薬の効果は十分かなどを丁寧に評価し、今日の予定や見通しなどの直近の目標を提示し励ますことが重要です。「もし自分が患者の立場だったら」という視点がよい鎮痛・鎮静管理のコツなのかもしれません。

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