ここまでPart1~Part3まで循環の診かたを説明してまいりました。
循環管理の最重要ルールも、くどいほど登場しており、「もうお腹いっぱい」という方も多いかもしれませんが、もう少し理解を深めていきましょう。
今回は、循環管理の最重要ルールのうち、SVを構成する「心特性」、「前負荷」、「後負荷」の関係性についてご説明していきたいと思います。
前負荷と心特性の関係
ラプラスの法則
ラプラスの法則に関しては、実は「医療従事者向け! 知っておくべき呼吸の仕組み!」でもご説明させていただきました。
表面張力Tに対して、半径Rと内圧Pの両方に比例する。 T∝R・P
といったものです。
具体的には、「風船を膨らます時には、膨らませ始めは大変だが、一旦膨らむと膨らますのが楽になる」というような内容でした。
この法則は、人体内で球形をした臓器全般(肺胞、子宮、膀胱、腹部大動脈瘤など)に当てはまる法則です。
例えば、腹部大動脈瘤はある程度の大きさになると急速に拡大速度が加速し、破裂するリスクが高くなります。
これは、腹部大動脈瘤径が大きくなることで、大動脈瘤壁を膨らませるために必要な内圧は低くなるからです。
つまり、大動脈瘤が大きくなればなるほど、さらに大動脈瘤は大きくなりやすくなります。
フランク・スターリングの法則
心臓特有の法則として、「フランク・スターリングの法則」という法則があります。
この法則は、
心筋の収縮エネルギーは心筋線維の初期長に比例する
といったものです。
すなわち、心臓が膨らんで、心筋が引き延ばされると、収縮力がより強くなるのです。
心臓は2つの法則が共存している臓器である
一見、ラプラスの法則とフランク・スターリングの法則は、真逆のことを言っているように思えるのではないでしょうか。
なぜなら、ラプラスの法則によると心臓が膨らむと萎みづらくなるのに対し、フランク・スターリングの法則によると心臓が膨らむとより強く収縮する(より萎む)ことになるのですから。
しかし、心臓はこの2つの法則のいずれも満たしています。
もう一度、ラプラスの法則を見てみましょう。
表面張力Tに対して、半径Rと内圧Pの両方に比例する。 T∝R・P
風船のような単純な構造の場合には、表面張力Tは一定ですが、心臓の場合には、この表面張力Tが心臓の膨らみ(心筋の引き伸ばし)に応じて増強するのです。
つまり、心臓は大きく膨らむと萎みにくくなる(ラプラスの法則)という弱点を、収縮力を強くする(フランク・スターリングの法則)ことで補っているのです。
心特性が低下すると…
では、心特性が低下するとどうなるのでしょうか。
心臓の特徴であるフランク・スターリングの法則の効果が低下していってしまうことが想像できると思います。
そうすると、ラプラスの定理が際立ってきますよね?
その通りです。
心機能が低下すると、心臓は膨らみに応じた収縮力の増強ができず、「風船」に近づいていってしまうのです。
これにより、前負荷に応じた心拍出ができずに、血流が停滞し、心不全化してしまうのです。
心特性と後負荷の関係
一昔前は、心不全=ポンプ失調、つまり「心臓のせいで血液を送り出せない状態」と考えられていました。これに伴い、体液も過剰になり、肺うっ血や全身浮腫などが起こると思われていたのです。
ですから、治療方法としても、心臓の動きを強める強心薬(ドブタミンなど)と利尿薬(フロセミドなど)が主体でした。
しかし、2008年にCotterらが血管不全(vascular failure)という概念を提唱してからは、必ずしも「心不全は心臓だけのせいではない」と考えられるようになりました。
★血管不全(vascular failure) Afterload mismatchやCentral volume shiftと表現されることもあります。 動脈の過収縮などにより後負荷が著明に上昇することで、肺うっ血や全身浮腫といった症状(=心不全症状)が起こるという考え方です。
いくらポンプが強くてもその出口が狭かったり行先が細くては血液は送り出せませんよね。
ポンプが弱い場合には、なおさら容易に血液を送り出せなくなります。
これが、心特性と後負荷の関係です。
まとめ
上述の関係性を絵にまとめてみました。
心特性を支点にしたシーソーがあり、両端に前負荷と後負荷が乗っかっているようなイメージです。
心特性がよい場合は、支点を左右に調整することができるため、ある程度、前負荷や後負荷のバランスが悪くても、シーソーが倒れることはありませんが、あまりにも過剰な前負荷や後負荷が加わるとさすがにシーソーは倒れてしまいます。
心特性が悪い場合には、支点の調整幅が狭いため、ちょっとの前負荷や後負荷で容易にシーソーが倒れてしまうのです。
これらのことから、SVを維持するためには、心特性に見合った適切な前負荷、適切な後負荷に調整することが重要であるということが分かります。
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